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東京高等裁判所 平成7年(ネ)1787号 判決

東京都中央区新富一丁目一五番一四号

控訴人

チーズ鱈製法特許管理有限会社

右代表者代表取締役

吉田豊穂

右訴訟代理人弁護士

小柴文男

右輔佐人弁理士

千葉太一

東京都葛飾区奥戸六丁目二二番一号

被控訴人

株式会社萬和

右代表者代表取締役

小島憲

右訴訟代理人弁護士

近藤良紹

荒木和男

早野貴文

宗万秀和

川合晋太郎

川合順子

右輔佐人弁理士

浅賀一樹

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、原判決添付方法目録(一)記載の方法(以下「被控訴人方法(一)」という。)を使用して、魚肉練製品及びチーズの加工品(商品名称「チーズサンド」)を製造し、販売してはならない。

3  被控訴人は、控訴人に対し、原判決添付方法目録(二)記載の方法(以下「被控訴人方法(二)」という。)を使用して、魚肉練製品及びチーズの加工品(商品名称「チーズサンド」)を製造し、販売してはならない。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二  当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決二三頁四行目の「五七-一一七九九三三号」を「五七-一一七九九三号」に、同頁の一〇行目の「一月二八日」を「一月二四日」にそれぞれ改める。

二  同三〇頁三行目の「本件特許権は」を「本件特許権には」に改める。

三  控訴人の当審における主張

1  被控訴人方法(一)の差止請求について

(一) 被控訴人は、被控訴人の函館工場以外の場所においても、珍味加工品等を製造している疑いがある。

また、遠赤外線を使用してチーズサンドを加工する場合には、ロースター板の使用にはない手間や手数がかかり、シートの周辺部等が焦げるという欠点を有しているものであるから、被控訴人において、遠赤外線を使用してチーズサンドを製造する方が優れていると考え、ロースター板を使用して製造する意思がないものと認定することはできない。

更に、被控訴人が、他社製品を自社ブランドで販売するいわゆるOEMのため使用している他社において、被控訴人方法(一)によりチーズサンドを製造している可能性も否定しえないし、また、現在市販されている被控訴人製品の外観は、ロースター板を使用して製造しているものにそっくりである。

しかも、被控訴人は、控訴人の本件特許権について無効を申し立て、現在、それを裁判上で争っている。

(二) 以上を総合するならば、被控訴人において、被控訴人方法(一)を使用するおそれがないと断定することはできないから、控訴人の被控訴人に対する被控訴人方法(一)を使用することについての差止請求は認容されるべきである。

2  被控訴人方法(二)の差止請求について

被控訴人方法(二)におけるcの工程(加熱加圧工程、以下「c工程」という。)及びdの工程(冷却工程、以下「d工程」という。)は、以下のとおり、それぞれ本件発明の構成要件C及びDを充足するものであるから、この点を否定した原判決は誤りであり、控訴人の被控訴人に対する被控訴人方法(二)についての差止請求は認容されるべきである。

(一) c工程における加熱作用について

c工程における食品素材に対する加熱は、遠赤外線の照射によるものではなく、メッシュベルトによるものである。

すなわち、

(1) c工程における加圧加熱方法も、ロースター板の使用による加圧加熱方法も、熱源との直接の接触がないことは同じであり、加熱装置全体としての構成は基本的に異なるところがない。

(2) c工程においては、遠赤外線の電磁波により食品素材のチーズを融解しているものではない。

なぜならば、被控訴人方法(二)においては、遠赤外線オーブンを用いて食品素材を加熱融解するにあたり、オーブン内を所定の温度にするために、いわゆる立上がり時間を必要とするが、遠赤外線の電磁波によって食品素材のチーズが融解されるものであるならば、右の立上がり時間が必要とされるはずがないからである。

また、被控訴人方法(二)においては、オーブン全体を遮蔽する構造を採用しているが、もし同方法が電磁波の放射により加熱されるものであるならば、単に遠赤外線ヒーターと被加熱物体とを対峙させるだけでよく、オーブンを遮蔽構造にする必要はないはずである。

(3) 更に、遠赤外線オーブン中において、遠赤外線ヒーターから食品素材に放射される熱線(電磁波)は、食品素材の上下表面部の魚肉シートにより、その九八%ないし一〇〇%が吸収されてしまい、食品素材の内部のチーズ層まではほとんど全くといっていいほど届かないものである(甲第五五、第五六号証参照)。

また、被控訴人方法(二)において必要な加熱を、遠赤外線ヒーターからの直接加熱により達成しようとするならば、魚肉シートは、遠赤外線ヒーターの熱により、水分が異常に蒸発してパサパサの状態となったり、茶色く焦げてしまうため、それによっては、現に市販されているような被控訴人製品の製造を期待することができない。

したがって、遠赤外線ヒーターからの直接加熱によってチーズを融解させ、魚肉シートと付着させることは無理である。

以上のことから、c工程における食品素材に対しての主要な加熱作用は、遠赤外線ヒーターからの直接の放射によりなされているものではないと断定することができる。そうすると、c工程において、食品素材に対し主要な加熱作用を行っているものは、食品素材を両側から挟持しているメッシュベルトであるということになる。

(4) 加えて、遠赤外線ヒーターからの熱線は、メッシュベルトによりその過半が反射され、その熱エネルギーは、食品素材に対し十分に伝播されることがないものである(甲第五七号証参照)。

この点からみても、c工程における主要な加熱作用が、遠赤外線ヒーターからの放射によるも分ではなく、メッシュベルト(密閉されたオーブン雰囲気温度と同じ温度に加熱されている。)からの加熱によるものであることが明らかである。

(5) 更にまた、メッシュベルトのみによって、c工程と同じ加熱条件(温度摂氏一〇〇度、時間二分〇六秒)の下に食品素材を加熱し、それによってチーズと魚肉シートとの良好な付着を実現させることは十分に可能である(甲第五二号証、第六四号証一、二参照)。

メッシュベルトを構成するステンレス以外の部分は、メッシュベルトに囲まれた空気層になっている。したがって、この空気層はメッシュベルトによって同一温度にまで加熱されるため、食品素材は、メッシュベルトと接触している部分だけではなく、右の空気層によっても加熱されることになる。

また、被控訴人方法(二)において使用しているメッシュベルトは、厚みが約五・五ミリメートルの、いわゆるバランス型という編み方のメッシュである。したがって、メッシュベルトの伝導熱のみによっても所望の付着が得られるものである。

(6) 被控訴人方法(二)においては、食品素材を、遠赤外線を全く通さないアルミホイルで包んで加熱した場合にも、魚肉シートとチーズとの十分な付着強度が得られるものである(甲第六五号証参照)が、他方、伝導熱や対流熱が存在しない場合には、同方法によっては所望の付着強度が得られないものである(甲第六七号証参照)。これは、メッシュベルトにおける遠赤外線の透過率が五〇%以下である(甲第五七号証参照)ため、約二分間程度の加熱時間では不十分な加熱しかできないことによるものと解される。

(7) 以上のとおり、被控訴人方法(二)における食品素材の主要な加熱作用は、メッシュベルトの伝導熱によるものというべきであり、本件発明の加熱工程(構成要件Cに係る工程)を明らかに充足するものである。

(二) c工程における加圧作用について

(1) 本件発明の特許請求の範囲の記載によると、本件発明に係る製造方法においては、食品素材を、ロースター板により「適宜に加圧し」とされている。そこにおける「適宜」とは、「魚肉シートとチーズとの付着が得られるために必要な」との意味に解されるべきであり、また、「付着が得られるために必要な」とは、「融解したチーズと魚肉シートが相互に接触している状態を保つのに必要な」ということを意味するものと解される。

したがって、被控訴人の主張に係る、メッシュベルトによる魚肉シートの「反り返し防止」とは、魚肉シートが反り返ってチーズから離れない様にするに足る力をもって、魚肉シートを上から押さえるということであるから、その場合についても右の「適宜に加圧し」に該当するものである。

なお、魚肉シートは、本件明細書に記載されているとおり、加熱により膨脹する(なお、明細書には格別の指摘はないが、チーズも同様に膨脹する。)から、反り返し防止のための加圧をもって、チーズと魚肉シートとの接触を保ちながら加熱するならば、自ずとその間の付着は果たされることになる。

(2) また、現実にも、被控訴人方法(二)の遠赤外線オーブンにおいては、中央の搬送部におけるメッシュベルトの間隔が、入口と出口のメッシュベルトの間隔よりも狭く設定されており、また、中央の搬送部に設けられた「一次加圧ローラー」、「二次加圧ローラー」、「仕上げローラー」も、メッシュベルトによる食品素材の適宜の加圧のため、何らかの機能を果たしているものである。そのため、遠赤外線オーブンを通った魚肉シートの表面には、メッシュベルトの跡が残っている。

(3) 以上のとおりであるから、被控訴人方法(二)のc工程においても、メッシュベルトが食品素材を「適宜に加圧し」ていることは明らかである。

(三) 本件発明におけるロースター板について

(1) 本件発明のロースター板は、食品素材を加圧しながら加熱するものであるが、その機能に着目する限り、それを「鉄板」で構成しても、「メッシュベルト」で構成してもよいものである。メッシュベルトを用いたとしても、広げて張って使用すれば、食品素材に対し平たい面を構成しうるし、かつ所定の重さで食品素材を加圧することも十分可能であり、また、そのことにより、食品素材の製造に何らかの支障を生じるものでもない。

(2) また、ロースター板における「板」は、機能的な意味において使用されているものである。したがって、概念的にいっても、ロースター板を鉄板でなければならないと解する必要もない。

(3) 更に、本件明細書及び図面において、「ロースター板」の概念から金網状のものを除外すべき記載は見当たらない。

(4) したがって、メッシュベルトが金網状のものであることを理由に、それが、本件発明におけるロースター板に該当しないとすることはできない。

(四) 被控訴人方法(二)におけるdの工程(冷却工程、以下「d工程」という。)について

(1) 被控訴人方法(二)においては、食品素材について冷却のためのd工程を有し、また、d工程後の食品素材の水分含有率は約三三%から三八%の範囲内とされている。

(2) ところで、右のd工程とは、食品素材における加熱付着直後の水分含有率が約三八%を越えている場合に、それを約三三%から三八%の範囲内にする工程はもとより、水分含有率が最初から約三三%から三八%の範囲内にある場合でも、それを下回らないように調整する工程を含むものである。

なぜならば、本件発明の特許請求の範囲において、食品素材の水分含有率を発明の構成要素に取り入れているのは、水分含有率がその範囲内に納まっているという状態に技術的意味があるからであり、食品素材の水分含有率を結果的に約三三%から三八%の範囲内に納めることが、本件明細書に記載されているとおりの種々の効果(良好な食感や高い保存性など)を得るための要件となるからである。

(3) そうすると、d工程後の食品素材の水分含有率が約三三%から三八%の範囲内に納まっている限り、d工程において、そのための合目的的な操作がなされているものというべきであるから、被控訴人方法(二)は、本件発明の冷却工程(構成要件D)を含んでいるものというべきである。

(五) 被控訴人方法(二)におけるc工程が本件発明におけるCの工程と均等なものであることについて

仮に、c工程におけるメッシュベルトが本件発明のロースター板に該当せず、また、c工程における加熱作用が、メッシュベルトによるものではなく、遠赤外線の放射によるものであるとしても、c工程は、本件発明におけるCの工程と均等なものである。

すなわち、

(1) 被控訴人方法(二)は、チーズを魚肉シートで挟みサンドイッチ状に形成した珍味加工食品の製造方法として、本件発明と同一の技術的課題、技術的思想及び中核的作用効果を奏するものである。

(2) 被控訴人方法(二)において、メッシュベルトの使用及び遠赤外線の放射という、本件発明と一部異なる構成を採用したとしても、そのことによって、新たに顕著な効果を奏するものでもない。

被控訴人は、被控訴人方法(二)を用いることにより、チーズが中心部まで融解され、味がまろやかになると主張するが、右のとおりの効果が生じるか否かについてはまったく不明である。むしろ、右方法において、チーズを中央部分まで融解するとしても、その後の工程において冷却するのであるから、味がまろやかになるという効果が存在するとは考えられない。また、味がまろやかになるという効果は、遠赤外線の性質に照らしても疑問である。けだし、遠赤外線はすべての物質が放射、反射、吸収しているものであるからである。

(3) c工程及び本件発明のC工程における各加圧作用及び加熱作用の両面からみても、その作用効果に差異があるとは認められない。したがって、右の両工程は置換可能なものである。

(4) c工程において、板状のロースター板に代えて、金網状のメッシュベルトにより食品素材を挟持しながら加熱すること及びロースター板による加熱に代えて、遠赤外線の放射により食品素材を加熱することは、食品加工技術の分野において格別目新しいことではなく、当業者において容易に選択しうる手段であって、その置換に何らの困難性も伴わない。したがって、c工程と、本件発明におけるCの工程との置換は極めて容易である。

(5) 以上のとおりであるから、被控訴人方法(二)におけるc工程は、本件発明の技術的範囲に属するものということができる。

四  控訴人の当審における主張に対する被控訴人の認否、反論

1  被控訴人方法(一)の差止請求について争う。

2  被控訴人方法(二)の差止請求について

(一) c工程における加熱作用について

(1) 同(1)は否認する。

遠赤外線ヒーターによる食品素材に対する加熱は放射による直接加熱である。

それに対し、ロースター板による食品素材に対する加熱は、鉄板からの伝導加熱であり、熱源であるガスバーナーからの直接加熱ではない。

(2) 同(2)のうち、c工程において、食品素材のチーズが遠赤外線の電磁波により融解されないとすることは否認する。

遠赤外線オーブンにおいても、その使用を開始するにあたっては、ロースター板を用いる場合ほどではないものの、多少の立上がり時間を要する。しかしながら、それは、「オーブン内を所定の温度にするため」ではなく、現在の遠赤外線ヒーターにおいては、スイッチを入れても、一定量の遠赤外線を安定的に放射するようになるまでに多少の時間を要することによる。

遠赤外線オーブンが遮蔽構造になっているのは、操作、運搬の安全性、容易性あるいは美観のためである。

(3) 同(3)は否認する。

魚肉シートの遠赤外線の吸収率が九八ないし一〇〇%であることは、遠赤外線加熱の効率の良さを証明するものである。

遠赤外線は、空気にほとんど吸収されることなく、直接、被加熱物体の表面に到達し、加熱効果を現わす。電磁波として放射された遠赤外線は、被加熱物体を構成する物質の分子構造に応じた共鳴現象を生じさせ、熱エネルギーに変換されて、物質自体を直接発熱させる。そのため、遠赤外線加熱による場合は、より短時間に、物体内部にまで必要な熱エネルギーを与えることができ、結果としてより均一な加熱が達成される。

本件のチーズサンドの場合においては、魚肉シートに、遠赤外線による熱エネルギーが効率よく吸収、蓄積され、そのエネルギーが、魚肉シート中の含有水分及び結合水の分子運動を介してチーズにまで波及し、加熱する。それが短時間に行われ、チーズの芯まで均一的に加熱融解されるのである。そこでは、食品素材(チーズサンド)に熱が到達していることが重要なのであり、遠赤外線がチーズにまで到達しているか否か自体はどちらでもよいといえる。魚肉シートが薄かったり、水分含有率が小さい場合にはチーズにまで到達するであろうし、魚肉シートが厚かったり、水分含有率が大きい場合にはチーズにまでは到達しにくくなるわけである。

(4) 同(4)は否認する。

メッシュベルトは、ステンレス部分より網目の空隙部分の方がはるかに大きいから、遠赤外線のほとんどは、メッシュベルトの空隙部分を通過するし、ステンレス部分にぶつかったものも、ほとんどは吸収されずに乱反射し、直近の食品素材に吸収される。

また、メッシュベルトを構成する線金部分については、「遠赤外線ヒーターからの熱線」を吸収することなく、「その過半が反射されてしまう」ようにするために、わざわざ、熱吸収の大きい鉄製ではなく、遠赤外線をよく反射する高価なステンレス製にしているのである。

したがって、ステンレス製のメッシュベルトが遠赤外線を吸収して加熱されることはありえない。更に、遠赤外線オーブン内の雰囲気温度の上昇がメッシュベルトによるものであることも、熱法則上ありえない。

(5) 同(5)、(6)は否認する。

メッシュベルトは、直径一ミリメートル程度の線金状(断面は円形)のステンレスを組み合わせて、二等辺三角形(底辺六ミリメートル程、等辺は七ミリメートル程)の網目にしたものである。したがって、ステンレス部分より空隙部分の方がはるかに大きく、しかも、ロースター板の厚さが一センチメートルを越えるのに比べて、わずか一ミリメートルに過ぎない。更に、メッシュベルトの線金状のステンレスの断面は円形であるから、食品素材とは面接触ではなく、線接触に過ぎない。

以上の事実からしても、遠赤外線オーブンの上部のメッシュベルトが、食品素材の反り返しを防止するためのもので、加熱のためのものでないことは明らかである。

なお、遠赤外線ヒーターの設定温度とメッシュベルトの移動速度は常に一定という訳ではなく、その日の作業量により自在に設定できる。この点においても、遠赤外線オープンは、ロースター板(プレスロースター機)とはまったく別物である。

(6) 同(7)は否認する。

(二) c工程における加圧作用について

すべて争う。

(三) 本件発明におけるロースター板について

(1) 同(1)、(2)は否認する。

メッシュベルトは、「食品素材を加圧しながら加熱する」ものではない。

メッシュベルトは「鉄板」とは別のものであり、遠赤外線オーブンは、プレスロースター機とは加熱原理を異にするものである。遠赤外線オーブンにおいて、遠赤外線を一〇〇%遮断してしまう鉄板を使用したのでは、加熱することができない。

(2) 同(3)は認める。

なお、本件明細書及び図面中に、「ロースター板」に金網状のものを含むとの記載も存在しない。当業者にとって、ロースター板とは極めて明白、具体的な概念であって、金網状のものを含まないことは自明のことである。

(3) 同(4)は争う。

(四) d工程について

否認する。

チーズサンドの水分含有率は、その素材であるチーズと魚肉シートの各含有水分の加重平均になるのであるから、使用するチーズ、魚肉シートによって定まるものであり、控訴人主張の「冷却工程」によって決まるものではない。

被控訴人方法(二)に、チーズサンドの水分含有率を測定、調節する装置、工程は存在しない。同方法においては、チーズサンドを切断できる状態になれば、速やかに切断しているだけなのである。そのときの水分含有率については被控訴人は知らない。

(五) c工程が本件発明におけるCの工程と均等なものであることについて

争う。

ロースター板その他による加熱、加圧によって珍味製品を製造することは、本件発明以前において既に公知のものである。

したがって、ロースター板その他による加熱、加圧によりチーズサンドを製造すること自体が本件発明に抵触するわけではない。

本来、本件発明は無効とされるべきものであるが、これを無効でないとした本件発明についての特許無効審判事件(平成二年審判第六六一一号)の審決においても、チーズの上下表面部のみを融解させることについて進歩性を認めたにすぎず、ロースター板による加熱、加圧自体、あるいは加熱、加圧による製造方法自体については問題としていない。

そうすると、控訴人主張の均等論が成立する余地はない。

第三  証拠関係は、原審及び当審における訴訟記録中の証拠目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因一ないし三2についての当裁判所の認定、判断は、次のとおり付加するほか、原判決の理由一及び二(原判決三一頁一行目から三四頁一〇行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。「控訴人は、当審において、「控訴人の当審における主張」1の事由をあげ、被控訴人が被控訴人方法(一)を実施し、又は実施するおそれがあるものと主張するが、被控訴人がその函館工場以外において珍味加工品等を製造している事実を認めるに足りる証拠は存しないし、被控訴人方法(二)が本件発明による製造方法に比して控訴人主張の欠点があるとも認め難く、その他右主張に係る各事由を考慮しても、なお控訴人の右差止請求を認めるには至らないものというべきである。

したがって、控訴人の右主張は失当である。」

二  そこで、以下、被控訴人方法(二)について検討を加える。

1  被控訴人が被控訴人製品を製造する方法につき、被控訴人方法(二)のうち、b、c'、d'、e、f、gの各工程を経ていること、aの工程のうち、魚肉シートを訴外室之木食品株式会社から調達していること、c工程のうち、食品素材Aを、遠赤外線オーブンの内部約二・七メートルの距離に渡って上下のメッシュベルト5に挟んで移送すること、d工程のうち、食品素材を自然あるいは強制冷却することは当事者間に争いがない。

2  また、成立に争いのない甲第六、第八、第九号証、第一四ないし第一九号証、控訴人主張の写真であることについて争いのない甲第二八ないし第三四号証の各一、二、弁論の全趣旨により成立が認められる甲第一三号証によれば、被控訴人の使用している魚肉シートは、原判決添付方法目録(二)(2)aのとおり、魚肉を擂り潰した魚肉スリ身に澱粉、調味料等を加えて混練し、薄板状に成形した混練物を加熱して乾燥させるという工程により製造されたものであることが認められる。

3  そこで、まず、被控訴人方法(二)のうちc工程について検討する。

(一)  前記1の当事者間に争いのない事実及び前記一において引用に係る乙第三一号証、成立に争いのない乙第三五ないし第三七号証、弁論の全趣旨により成立が認められる乙第二一号証、被控訴人方法(二)において使用されるメッシュベルトを複写機により複写したものであることについて争いのない乙第二五号証並びに弁論の全趣旨によれば、c工程においては、食品素材が、遠赤外線オーブンの内部を約二・七メートルの距離に渡って、上下のメッシュベルトに挟まれて移送される間に、遠赤外線によって加熱されるものであるが、この遠赤外線による加熱とは、加熱対象である食品素材と熱源との直接の接触を必要とすることのない「放射」によるものであり、遠赤外線(電磁波)の(熱)エネルギーが空間を移動して直接物質に吸収され、これにより物質の温度が上昇するものであること、また、遠赤外線は、金属類や空気に吸収されないため、金属、空気を直接加熱することはないこと、更に、被控訴人方法(二)において使用されるメッシュベルトは、直径約一ミリメートル程の針金状のステンレスを組み合わせ、底辺約六ミリメートル、等辺約七ミリメートルの二等辺三角形の網目にしたものであり、c工程における遠赤外線の照射面積に占めるメッシュベルトの金属部分の割合は僅少なものであることが認められる。

(二)  他方、弁論の全趣旨により成立が認められる甲第五五、第五六、第六二、第六三号証によると、都立工業技術センターが、被控訴人方法(二)において使用されているものと同一機種の遠赤外線ヒーター(帝国ピストンリング株式会社製型式VA九五G)を用いて、遠赤外線の魚肉シート(厚さ約〇・八ミリメートル、水分一七ないし二二%)を透過する割合(遠赤外線透過率)について測定を行ったところ、右透過率は二%以下であったことが認められ、更に、弁論の全趣旨により成立が認められる甲第三七号証及び成立に争いのない甲第五四号証によると、控訴人が、被控訴人函館工場において被控訴人製品の製造状況を確認した際、控訴人輔佐人が、同工場で使用されている遠赤外線オーブンの出口付近における上側メッシュベルトの温度を測定したところ、その結果は摂氏四〇度ないし一〇九・九度であったことが認められるところである。

(三)  以上の事実を合わせ考えるならば、右のとおり遠赤外線が魚肉シートをほとんど透過しないということは、魚肉シートが遠赤外線の(熱)エネルギーを吸収しているものというべきことになるから、被控訴人方法(二)においては、遠赤外線の放射により、それを吸収し、第一次的に発熱するのは魚肉シートであり、その熱がチーズに伝導(接触する物体間の温度差による熱の移動)され、その内部を融解するほか、メッシュベルトにも伝導され、それが(二)におけるようなメッシュベルトの温度を示したものと解される。

右のような加熱の作用、経路からみるならば、c工程において、メッシュベルトが加熱されることによる食品素材への再加熱があるとしても、それは結局、遠赤外線の放射に起因する二次的なものに過ぎず、同工程における食品素材への加熱は、主として遠赤外線の放射によりなされているものといわざるをえない。

そして、右のような遠赤外線による加熱作用からみて、被控訴人方法(二)にメッシュベルトが採用されたのは、本件発明におけるロースター板のように加熱、加圧するためではなく、加熱時に遠赤外線の放射を妨げることなく魚肉シートの反り返りを防止することにあったことが窺われ、そのことは、被控訴人方法(二)においてc'の工程(食品素材を圧着ローラーで圧着する工程)が設けられていることからも裏付けられるものというべきである。

(四)(1)  これに対し、控訴人は、遠赤外線ヒーターからの熱線は、メッシュベルトによりその過半が反射され、その熱エネルギーは食品素材に対し十分に伝播されないはずであると主張し、これに沿うものとして甲第五七号証(遠赤外線のメッシュベルトに対する透過率を測定した結果が記載された「成績書」)を提出する。

しかしながら、甲第五七号証に係る実験は、メッシュベルトを幅五センチメートルに八目の状態とし、遠赤外線ヒーターとメッシュベルトとの間を〇・九メートル、メッシュベルトと検出器の間を〇・一メートルとしてなされたものであり、少なくとも、被控訴人方法(二)における遠赤外線オーブン内のメッシュベルトと食品素材の間の距離(密着しているものであることは明らかである。)に比べて相当程度長いものである(なお、前記乙第三七号証によると、放射の強さは到達までの距離が長くなるにつれて弱まる関係にあることが認められる。)ほか、メッシュベルトの形状も異なることは明らかであるから、右実験結果を採用することはできない。

(2)  また、控訴人は、被控訴人方法(二)において、食品素材を、遠赤外線を通さないアルミホイルで包んで、遠赤外線ヒーターにより加熱しても、魚肉シートとチーズについて十分な付着強度を得ることができると主張し、甲第六五号証(「アルミ・ホイルによる遠赤外線遮断実験の結果」と題する書面)を提出する。

しかしながら、甲第六五号証に係る右の実験結果は、前記(一)のとおりの遠赤外線の性質に反し、実験にあたっての前提条件に疑問が残るものといわざるをえないから、採用することができず、また、右実験結果は、c工程において、食品素材に対し、遠赤外線の「放射」による加熱がなされていないことを示すものともいえない。

(3)  更に、控訴人は、c工程において、伝導熱や対流熱が存在しない場合には食品素材の十分な付着強度が得られないと主張し、甲第六七号証(「メッシュ冷却による常温下での加熱実験」と題する書面)を提出する。

しかしながら、甲第六七号証に係る実験は、遠赤外線オーブン内におけるメッシュベルトの周囲を冷却水で冷やす方法によったものであるため、それにより、魚肉シートの熱を対流(流体、気体等の物体の移動に伴う熱の移動)により奪うことになるとともに、冷やされたメッシュベルトにより、魚肉シートの熱を伝導でも奪うことになるため、それらがチーズの融解にも影響を及ぼすことになるものと考えられるから、右実験結果も、c工程の加熱作用を検討するにあたっては採用し難いものといわざるをえない。

(4)  その他、控訴人が、当審において、c工程の加熱作用に関連して提出した甲第五二号証(「鉄板とメッシュ・ベルトの付着状態の比較実験」と題する書面)、第六四号証の一、二(「メッシュ伝導熱実験」と題する書面)、第七二号証(「ロースター板、メッシュ・ベルト置換実験」と題する書面)の各記載内容(いずれも標題のとおりの実験結果)については、いずれも前記(三)の認定に反するものとはいえず、また、被控訴人方法(二)における遠赤外線オーブンの立上がり時間の存在及び遠赤外線オーブンの構造(「控訴人の当審における主張」2(一)(2))の点も、それについての被控訴人の反論は理由があり、これを考慮するならば、控訴人の主張を裏付けるものとはいえない。

更に、控訴人は、メッシュベルトを加熱することにより、食品素材を加熱させ、付着することができるとも主張する(「控訴人の当審における主張」2(一)(5))が、そのこと自体は、被控訴人方法(二)における遠赤外線による加熱を否定する理由になるものでない。

更にまた、控訴人のメッシュベルトによる加圧についての主張(「控訴人の当審における主張」2(二))も、前記(三)における判断を左右するものとはいえない。

(五)  以上の事実を踏まえ、被控訴人方法(二)におけるc工程が本件発明の構成要件Cを具備しているか否かについて検討するならば、この点に関する当裁判所の認定、判断は、原判決の理由四1(原判決四二頁三行目から四六頁三行目まで)における説示に一致するから、これを引用する(ただし、同四五頁一行目の「前記三4に」から同頁四行目の「不十分な寄与をしているにすぎず」までを「前記認定のとおり、目的とする食品の製造に必要な加熱という面において、二次的な寄与をしているにすぎず」に改め、同頁五行目から六行目にかけての「放射によっているのであって」を「放射に基づくものというべきである上、そのことは」に改める。)。

(六)  更に、控訴人は、c工程が本件発明の構成要件Cを充足することがないとしても、c工程は右の構成要件Cと均等なものであると主張する。

そこで検討するに、

(1) 控訴人の主張する均等の理論を、特許権侵害訴訟において採用しうるか否かについては争いのあるところではあるが、仮に採用しうるとしても、本来、均等の理論が、特許発明と一部構成を異にする技術を例外的に特許発明の技術的範囲に含めるものであり、第三者に影響を及ぼすところが大きいものであることを考慮するならば、一般に、その要件の一つとされている「置換容易性」については、特許発明の要件としての、特許法二九条二項の規定するいわゆる「進歩性」の要件よりも限定的に解するのが相当であり、そうであれば、右の「容易性」とは、当業者であれば当然になしうる程度に容易なものであることを要すると解すべきであって、置換される構成が特許発明と異なる技術的思想に基づく場合には均等ということはできない。

(2) これを本件についてみるならば、魚肉シートの間にチーズを挟み、加熱によりチーズを融解させて付着させるチーズサンドの製造方法において、その加熱、加圧手段として、ロースター板に代え遠赤外線とメッシュベルトを用いることは、製造にあたっての中心的な構成の一つである加熱方法について「伝導」に代え「放射」を用い、またロースター板による加熱時の加圧作用を省略するものであり、その間においては、構成及びその基礎にある技術的思想を相当程度異にするものといわざるをえない。そして、成立に争いのない乙第四号証の四(昭和四八年特許出願公告第二三三六号公報)、第四号証の五(昭和五四年特許出願公開第一一三四六四号公報)の各記載によると、従来、チーズをイカないしは魚のすり身等に挟んで、いわゆる珍味を製造する際に加熱を要する場合には、鉄板により加熱と加圧を同時に行うものとされていたことが認められることにも鑑みるならば、少なくともチーズサンドの製造方法において、右のとおり構成を置換することは、前記のとおり、当業者において当然になしうる程度に容易なことであるとまでは認め難いものというべきである。

(3) なお、成立に争いのない甲第六〇号証(「製菓事典」朝倉書店昭和五六年一〇月三〇日発行)及び甲第六一号証(「乾燥食品事典」朝倉書店昭和五九年三月一日発行)によれば、焼菓子の製造にあたっての加熱手段として、電気、ガス等のほか遠赤外線も記載され、また、その焙焼にあたっては鉄板や網等を用いる旨の記載も認められるが、それらは、右のとおり焼菓子の製造についてのものであり、更に、本件におけるチーズサンドの製造のように、加熱による融解、付着を目的とするものではないことから、右の記載により、前記判断が左右されるものではない。

(4) したがって、その余の点を判断するまでもなく、控訴人のc工程と本件発明の構成要件Cとを均等であるとする主張は排斥を免れない。

4  次にd工程について検討する。

(一)  成立に争いのない甲第一号証によれば、本件発明は、特許請求の範囲記載の「加熱付着された食品素材を水分含有率約三三~三八%になるまで冷却」する工程を経ることを必須の構成要件とし、このような高い水分含有率を維持した製品とすることにより、ソフトな食感を有する製品とするものであって、加熱付着された食品素材からはみ出しているチーズを容易に切断し得るよう自然冷却あるいは強制冷却した際、偶々当該食品素材の水分含有率が約三三ないし三八%の範囲内となっていることがあったとしても、そのことから直ちに本件発明の構成要件Dを充足するものということはできない。

(二)  弁論の全趣旨により成立が認められる甲第三六号証によると、被控訴人が平成六年二月一〇日に製造したチーズサンドの水分含有率は三六・三%であったことが認められるが、これのみをもって、被控訴人方法(二)により製造されたチーズサンドの水分含有率が、すべて控訴人の主張する三三%ないし三八%の範囲内にあるものとまでは認めることは困難であり(原審及び当審を通じての被控訴人の主張から、被控訴人が右事実を自認しているものとも認め難い。)、他に、被控訴人方法(二)による製品の水分含有率が、すべて控訴人の主張する数値の範囲内にあるものと認めるに足りる証拠はない。

そして、原審証人杉本忠夫の証言、並びに同証言により被控訴人函館工場におけるチーズサンドの製造工程を撮影した写真と認められる乙第一八号証の一ないし一五及び右製造工程図と認められる同号証の一六によれば、被控訴人方法(二)においては、上下の魚肉シートからはみ出しているチーズをカッターで切り揃えやすくするため、加圧ローラーにて上下両側の魚肉シートをチーズに圧着させた後、ファン冷却によりチーズを固化させているものであって、本件における各証拠を検討しても、被控訴人が、c工程を経た食品素材を冷却して右の水分含有率に至るまで変化させる工程を採用していること、ないしはc工程後の当初から右の水分含有率を有する食品素材について、その含有率を維持するための工程を採用していることを認めることはできない(甲第四五号証及び第五三号証(いずれも「冷却による水分含有率の測定実験」と題する書面)の記載もこれを証するものとはいえない。)。

(三)  そうすると、被控訴人方法(二)が、加熱付着された食品素材について、水分含有率を約三三%から三八%にするために冷却する工程、ないしは当初から右水分含有率であったものを維持するための工程を含むものと認めることはできないから、右方法が本件発明の構成要件Dを充足するものとはいえない。

5  以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、被控訴人方法(二)(前記3で認定したもの)は、本件発明の技術的範囲に属するものということはできない。

三  よって、控訴人の本件請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

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